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2014年10月5日日曜日

休日の朝、仕事場で聴きたい音楽三選

休日のトランポリン効果」という言葉を耳にしたことがあります。

休みの日に、きっぱり仕事から離れて積極的に休養をとることで、休日明けの仕事に対する意欲と効率が高まる、ということのようです。

確かにそのとおりだ、と私も実感するところがあります。個人的にも、毎週土曜日は原則として仕事から離れて、家族と過ごしたり、運動をしたり、体を休めたりすることに充てるようにしています。

ですが日曜日は、またちょっと違う使い方をしています。

事務所に出勤して、プロジェクトについて案を練ったり、雑駁なアイデアをノートに書き出したり、溜まった書類を見返してテーマ別にファイリングしたりと、いわば「急がないけど大事なことする日」にしているのです(注)。

ルーチンワークから離れることが容易で、電話もかかって来ない日曜日は、急がないけど大事なことをするのに最適。音楽でも聴きながら、ゆったりとした気持ちで、贅沢に時間を使ってこそ成果も上がろうというものです。

今回は、そんな休日にもってこいのジャズ系アルバムを三点ご紹介します。

1 Kenny Wheeler / Gnu High (1975/ECM)


先月18日に亡くなったカナダのトランペッター、ケニー・ホイーラーの最高傑作『ヌー・ハイ』。

のっけから天上高く舞い上がるような爽快感で、休日の朝にピッタリです(本稿もこれを聴きながら書いています)。

メインストリームから出発して、フリージャズに傾倒…などと紹介すると、セシル・テイラーやオーネット・コールマンを連想して敬遠したくなるかもしれませんが、この人の場合は心配ご無用。本作もフリーっぽいテイストを感じますが、それが開放感、スケール感を表現するのに大いに役立っていると感じます。(YouTubeで聴く



2 Aaron Parks / Arborescence (2011/ECM)


アーロン・パークスの『アルボレセンス』は、ピアノソロ作品。アーロン・パークスという人のことは、若手天才ジャズ・ピアニストと言われている、ということ以外、よく知らないのですが、これまで聴いてきたピアノソロ作品の中でいちばん「クラシック音楽ファン好み」という気がします。

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第一番みたいなテイストを感じることもあれば、リストのロ短調ソナタ風の響きを感じ取ることもあります。

彼のピアノトリオ作品も聴いてみましたが、響きがとても美しい、という印象は、ピアノソロ作品同様でした。(YouTubeで聴く




3 Keith Jarrett / The Köln Concert (1975/ECM)


なあんだ、という感じかもしれません。

「ポイントは3つあります」などと言われ、聞いてみると、3つめは1つめと同じようなことではないかとか、1と2に比べると3の重要度は格段に落ちるな、3は付け足しだな、と感じることがありませんか?

3枚めにキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』を持ってきたというのは、(名盤であることは誰もが認めるとしても)ありきたり過ぎ、付け足しがミエミエだと自分でも思います。(YouTubeで聴く




でも、奇しくも三枚全てがECM作品になってしまったことと併せ、いろいろ試してみた結果がこれ、というのが実際のところです。

休日のアイデア出しのお役に立てばさいわいです。



(注)各種セミナーの講師のご依頼をいただくことがありますが、そのネタのほとんどは、こうして日曜日に書き溜めたものを再構成して作っています。レジュメやプレゼンテーション・スライドを作る段になって「さあ、何を話そう?」と悩んだ経験はまずありません。


2014年8月22日金曜日

甘えん坊の美点

下川式成功手帳の発案者であるしもやん(下川浩二)という方の講演を聴いたことがあります。
講演の半ば、彼はわれわれ聴衆に向かってこう問いかけました。
 『みなさん、人生でいちばん大事なことは何やと思いますか?』

人生でいちばん大事なこと…私も考えてみました。
正直であることか?一生懸命にやることか?友達を大切にすることか?はたまた健康か?
どれも大事なことだけど、決定的ではない気がしました。月並み過ぎるというか…。

しもやんが提示した答えは、もっと腑に落ちるものでした。

彼はこう言ったのです。
 『人生でいちばん大事なこと、それはな、人から好かれることや。』
そして、こう続けました。
 『人から好かれるのはな、素直な人や。人の話を素直によく聴く人や。』

そういえば、ある業界の重鎮の方から、こんな話を聞いたことがあります。
 『相手に疎まれたり、嫌われたりしてまで苦言を呈するほどお人好しではないよ。』
 『ひとの意見を聞く姿勢のない者には、二度と意見することはない。』

どうも、彼から助言をもらう機会を永遠に失った人は何人もいるようです。
思うに、失ったのは「助言をもらう機会」だけではないのではないかと…。

「人の話を素直に聞けない人」は、こんな反応をしがちです。

 スルー型:『ご助言ありがとうございます。』と口では言いつつ、書きとめようとも、話題にしようともしない(メモする姿勢を見せたかどうかで、相手の提供情報の質が変わる、ということはしばしばあります)。

 肯定型:『そうなんですよ!』と肯定的な相槌をうちつつ、後に言い訳が続く(そんなことは言われなくてもわかってる、ということなのでしょう)。

 甘え型:(いろいろ言い訳した後に)『どうかご理解ください』『温かく見守ってください』(口を出さず賛意だけ示せということか?)

 逆ギレ型:いわずもがなでしょう。

しかし、次のような言い方(受け止め方)に変えると、相手に与える印象も会話の展開も、大きく違ったものになるのではないでしょうか。

 『いや、私も△△と○○のトレードオフに悩みまして、当面の措置としては○○を重視する選択をしたのです。あなただったらどうお考えになりますか?』

猫は、人の膝に乗るのが上手です。いまだったら膝に乗っても問題ない雰囲気を読み取って膝に乗ってきます。

甘えるのが上手い人も似たようなところがある気がします。じつにいい感じで相手の懐に入っていくフィーリングを身につけているのです。

逆に、甘えるのが下手な人は、他人との距離を縮められなかったり、反対に相手が不快に感じるくらいTPOを選ばない距離感の縮め方をしているように思われます。

幼少期から無意識に身に付けた対人関係能力の差もあるのかもしれませんが、虚勢を張っていたり、他人からの批判を過剰に恐れたりすると(そしてそれは自己肯定感の不足が根っこにある気もします)、他人に甘え、他人に甘えられる相互関係が築きにくくなるように見えます。

そう考えると、ある種猫に近い感覚を身につけたかのような甘えん坊の我が子を見ていると、それも一種の才能とも思えてくるのです。










 








2014年4月27日日曜日

アロマオイルで集中力を高める

 今年(2014年)の3月頃、ローズマリーのエッセンシャルオイルが非常に品薄になったことがありました。地元の百貨店でも入荷は4月半ばになると言われましたし、Amazonでも多くの関連商品が在庫なしになっていました。

 発端は、2月25日にテレビ朝日系で放送された『たけしの健康エンターテインメント!みんなの家庭の医学~名医が診断 若返り&長生きできる!3つの悩み解決SP』というテレビ番組のようです。

 私自身は視聴していないのですが、同番組の中で「アロマの香りを嗅ぐことで、脳を若返らせ認知症が予防できる。またすでに発症した認知症もアロマオイルで改善する」という話題が取り上げられたようなのです。

 具体的には、ローズマリーとレモンのエッセンシャルオイルを2:1の比でアロマオイル用のペンダントに含ませ、首から下げておくと、認知症に卓効がある由。このオイルは、集中力と記憶力を高める作用があるとも。

 残念ながら、アロマオイル用のペンダントは現在も極めて入手困難なようなのですが、集中力と記憶力を高める作用があるなら、これを仕事に生かさない手はありません。

 下の写真は、私が仕事場で使っているUSB接続式のアロマ・ディフューザー。香り立ちはあまりいいとはいえませんが、火や水の心配がいらず、手軽に使えるのでおすすめです。

 なお、シガーソケットに差し込むタイプのアロマディフューザーもネット通販などで簡単に入手できるので、妙なカーフレグランスを買うよりよほど健康的です。

 そもそも、ディフューザーなどなくとも、アロマを楽しむ方法はあります。ティッシュペーパーに数滴垂らして身近に置いておいてもいいし、スープカップなどの広口の器に熱湯を張り、オイルを数滴垂らせば簡易ディフューザーになります。

 最後にもうひとつ。花粉症などで鼻水が止まらない時、ラベンダーのオイルをティッシュペーパーに数滴垂らして枕元に置くと、不思議に鼻の通りがよくなる由。ぜひお試しを。

 関連サイト http://currentdiary.seesaa.net/article/389907434.html









2013年12月29日日曜日

諫言を容れる度量

 一人親方というのは孤独なので、SNSなどについ「自分がいかに頑張っているか」めいた内容の投稿をしがちです(私も含めて)。もちろん、良いと思います、度を超さなければ。

 専業主婦も似たような立場かもしれません。毎日八面六臂の活躍をしても、誰かに褒めてもらえることなどまずないでしょうから。

 かかる投稿は「頑張ってるね。偉いね。」というような反応を期待してのものでしょうし、たいていは期待通り、誰かが反応してくれることでしょう。

 ただ、SNSではなかなか得にくい反応もあります。それは「相手を慮ってのネガティブな反応」、すなわち助言・忠告の類いです(注)。

 相手(投稿者)がわだかまりなく素直に助言・忠告に耳を傾けてくれるであろう信頼なしに、この手のコメントはできません。

 内心、アチャーと思いつつも、あえて火中の栗を拾う(相手から疎まれる危険をはらんだ損な役回り)必要を感じないのが普通であろうからです。

 かつて手厳しい批判を素直に受け止められることが「将たる器」とされた時代がありました。

 黒田官兵衛孝高の息子である黒田長政は、「異見会」というものを月に何度か開いていたそうです。これは、主だった家臣を集めて、相互に思ったことを意見し合うというもの。何を言われても腹を立ててはダメ、過ちは素直に認め、謝罪しなければならない、というルールで運営されていたそうです。

 黒田家は武勇の家柄。「黒田節」に謳われた母里太兵衛をはじめ、孝高以来の古参の重臣も多かったことから、長政に対してじつに手厳しい批判が向けられることもあったようです。
 長政は、ときには涙目になったり、顔を赤くしたり青くしたりしながら、家来たちの言い分に黙って耳を傾けました。
 すこしでも怒りの気配が見えると、「これはどういうことでございますか。怒っておられるように見えます!」と厳しく指摘が飛んできますから、長政も一生懸命平静を装ったことでしょう。

 「天下の軍師」官兵衛から見れば不肖の息子だったとも言われる長政ですが、じつに優れた人物ではありませんか。

 私自身、胸に手を当てて考えてみるに、他人の忠告が耳障りなのは、自分が無意識下で避けて通っていることに目を向けさせられるからなのかもしれません。人の声を自分の「姿見」として生かせる心の余裕を持てたらな、と思うのですが。

 何よりまず、「相手から疎まれる危険をはらんだ損な役回り」を引き受けてくれる誰かとの信頼関係を育てたいものだと思います。

(注)はなから投稿者を誹謗中傷する目的でネガティブなコメントを投げる人等もいるでしょうが、ここでは「相手によかれと思っての忠告」について述べています。






2013年10月17日木曜日

ネットでよく見る言い間違い

 スマートフォンやiPadでの投稿が増えたせいもあるのか、ネット上では相変わらず言葉の誤用が目につきます。

 投稿文は一度ノートパッドに書いてみて、推敲してから投稿することにしている私ですら、自分の投稿に入力ミスを見つけることはしばしばです。

 とくによく目にするのは、下記に掲げた3つでしょうか。

× 初期の目的
〇 所期の目的

× 肝に命じる
〇 肝に銘じる

× 的を得る
〇 的を射る
〇 当を得る

 私自身も新入社員の頃、研修レポートに「肝に命じる」と書いて、研修指導担当の方に朱書き修正されたことがあります(この表記は間違いやすいので肝に銘じておくように、と添書きがありました…)。

 でも、本文の趣旨は「こんな間違いは恥ずかしいぞ!」ということではありません。ミスは必ずあるのです。
 だからこそ、ビジネス文書や成果物を今一度見直す、自分以外の誰かにチェックしてもらう(目を変えてみる)ということの大切さをあらためて噛みしめてみる必要があるのではないか、と言いたいのです。

 ミスがあったら謝ればいい、誤りを指摘されたら修正すればいいという発想は、つまるところ相手方を軽んじていることに他ならないのではないでしょうか。

2013年10月11日金曜日

堺雅人に学ぶ「超断捨離」

 一昨日(10月9日)、俳優の堺雅人さんが、「笑っていいとも」テレフォンショッキングのコーナーに出演、自らの「超断捨離生活」について語っていました。

 何しろ、自宅には遊びに来た友達から「楽屋か!」と驚かれるほど何もない、徹底した断捨離派らしい。スーパーのレジ袋も大小各1枚しかとっておかない由(でも奥様はそうではないそうです)。

 その極意は、彼によればこうです。

 『ペンディング箱』をつくっておき、来たものは何でもそれに放り込んで、箱がいっぱいになったらそのまま捨てる。これだけ。

 もちろん、「公共料金関係の書類」や「年金関係の書類」など大切なものまで捨ててしまい、後悔することも多いそうで、そのままこれに倣うわけにはいきませんが、ペンディング箱というのはいいアイデアですね。

 郵便物はその場で処理しろとか、メールには即対応という人もいますが、それもまた効率が良くないし、事情が許さないケースも少なくなさそうです。でも、後で見ようとどこかに置いたが最後、見つけるのに苦労することもしばしば。

 この点、郵便物やEメールのプリントアウトをペンディング箱に入れておき、週末など時間がとれるときに捨てるもの、ファイルするもの、何らかの対応をとるものに仕分けするのもいいなと思いました。

 箱を使ったファイリングといえば、私は比較的関連資料のかさばる案件(たとえば経営計画策定支援や大型物件の鑑定評価など)についてはダンボール箱にすべての書類をひとまとめにしています。

 これは、精神科医の和田秀樹氏がかつて受験指南本で提唱していたアイデアの応用です。和田氏のアイデアというのは、各受験科目につき一つのダンボール箱を割当て、赤本、ノート、模試の答案、参考書、問題集などを全部ひとまとめにしておくというものです。

 こうすることで、探し物も減るし、例えば英語モードから数学モードへの転換もスムーズというわけです。

 さあ、私もペンディング箱を用意することにしましょう。








2013年10月7日月曜日

大人の勉強と子供の勉強

 子供の勉強は、すでにある答えを習うもの。これに対して、大人の勉強は、正解のない問題について自分なりの答えを出す側面が強いように思います。

 学ぶ側にしてみれば、大人の勉強の方がより自由度があります。なにせ明らかな不正解はないわけですから。でも、教え導く立場から見ると、大人の勉強の方が余程大変です。

 大人に勉強を教えるには、各人各様の妥当な結論に行き着くよう導けるだけの力量が求められるからです。

 換言すれば、大人の勉強をも、まるで子供の勉強のように扱うならば、教える側は非常にラクになります(各人に個別の示唆をもたらすのは大変ですが、ダメ出しをするだけなら簡単です)。でも、学び手が本来得るべき「気づき」は限られたものになるでしょう。
 それゆえ、教える側がまず学び手に伝えるべきは「大人としての勉強のあり方」だと思います。

 もとより、誰かを(自分も知らない)正解へと導くというのは、並大抵のことではありません。でも、ここに教え導くという行為の深淵さとやり甲斐があると思うのです。

 ごく狭い自分の知識や経験だけに照らして(あるいは何かの書物などに依拠して)、さもそれが唯一の正解のように振る舞う講師を見ると、『この人は自分の力で自分なりの答えに行き着いたことがないんだろうなあ~』とちょっぴり気の毒になります。



2013年9月27日金曜日

画期的(?)な肩こり解消法を発見しました!

 根を詰めると、すぐ肩こりが出る私。

 「肩こり解消法」でネット検索をかけると、いろいろ見つかるので都度実践してみるのですが、なかなか効果が実感できないでいました。
 じつは最近、自己流でアレコレやっているうちに、画期的(?)な肩こり解消法を発見したので、ご紹介しようと思います。

ステップ1
布団の上にラクな感じで横になる。体は横向きに。左右どちらかの耳が下になるイメージ。

ステップ2
上になった方の腕を、肩の付け根から大きくゆっくりグルグル回す。
このとき、腕の回し方を少しずつ変えてみて、なるべく肩甲骨が大きく動くのが望ましい。

ステップ3
胸、脇、背中など、肩の周りの筋肉の凝っているところを指圧してほぐす。強く押しすぎると逆効果なのでご注意を。

 するとどうでしょう!翌朝起きたとき、あなたの肩はとっても軽くなっているはずです。
 この方法は、多くの「肩こり解消法」同様、単に肩甲骨周りの筋肉を動かしてほぐすだけのものに過ぎません。大事なのは「寝転がって、全身が弛緩した状態で行う」ことです。椅子に座った状態では、さほどの効果が実感できません。

 肩こり・首こりは、単に肩や首が凝っているわけではなく、腰や背中の張りに引っ張られて起きていることが多いようです。
 このように胸から背中までの広い範囲の筋肉をこまめにほぐしておくと、深刻な肩こりに陥ることはまずありません。


2013年9月17日火曜日

真田広之に学ぶ「口出しの仕方」

 現在、劇場公開中のアメリカ映画「ウルヴァリン:SAMURAI」(ジェームズ・マンゴールド監督)に重要な役どころで出演されている俳優の真田広之さんは、その制作過程で、煙たがられることは覚悟の上で、撮影スタッフに殺陣や時代考証について、思ったことをどんどん口出ししたそうです。

 もちろん映画「ラストサムライ」での実績あってこそのことでしょうが、「いい映画にしたい」「日本の描写を珍妙なものにしたくない」という彼の熱意はスタッフに伝わり、ついには事前に衣装やセットの図面を見せられ、意見を求められるようにもなったとのことです。

 テレビでのインタビューによれば、撮影中次のようなやりとりもあった由。

 スタッフ 「(剣術の)道場のセットの図面だ。おかしいところがあったら指摘して欲しい。」
 真田 「床に貼ってある格子状のものは何かな?」
 スタッフ 「ああ、それはタタミシートだ。」
 真田 「(そりゃ柔道だよ、と思いつつ)タタミはダークな色合いのフローリングに代えてくれ。」

 彼の話で印象に残ったことがふたつありました(一言一句正確ではありません)。

 ひとつは「口出しの仕方」について。

 『他人の作品や持ち場に口出しすることは、重大な越権行為で、本来は許されないことです。でも、言い方さえ間違えなければ、相当なところまで受け入れてもらえると感じています。』

 もうひとつは「助言者が持つべき視点」について。

 『専門家だと『これはあり得ません』で終わりになってしまう。映画作りの事情、ハリウッドの人たちのイメージも尊重して折衷案を提示できる人間が実はいないんです。』

 よりよい実践に貢献するという助言の目的を達するためには、相手に受け入れられなければいけません。ならば、相手が助言を受け入れやすくする工夫は不可欠です(その工夫とは、相手に恥をかかせたり、徹底的にやりこめたりすることでは決してないでしょう)。

 また、現時点で実行困難な理想論を説いても、よりよい実践につながることはまずありません。お料理に例えれば、帝国ホテルのレシピを完璧に伝授されるより、いま冷蔵庫にある材料で(その人が作れる)なるべく旨いメニューを教えてくれるほうが、よほど有難いわけです。

 かくいう私自身の助言が、はたして十分これら二点を踏まえたものになっているだろうかと考えると、はなはだ疑問。
 今日は、思わぬところで反省の機会を得ることになりました。


<参考サイト>
真田広之だから「ハリウッド」口出しOK
http://news.goo.ne.jp/article/nikkangeinou/entertainment/p-et-tp0-130906-0009.html




2013年9月9日月曜日

プレゼンテーションの本質~言語版「北風と太陽」

 9月8日早朝(日本時間)、2020年の第32回夏季五輪・パラリンピック大会の開催都市が東京に決定しました。その興奮はいまだ冷めやらぬ趣きで、テレビはオリンピック関連の話題で持ちきりです。

 本日の「ひるおび! (TBS)では、招致成功のキーポイントとなった最終プレゼンテーションを取り上げていました。

 高円宮妃久子さまの後をうけた最終プレゼンテーションのトップバッターは、走り幅跳びでパラリンピック3度出場の佐藤真海(さとうまみ)さんでした。

 明るく快活だけど、それでいてやわらかな調子でスピーチを始めた彼女は、事故で脚を失ったくだりではやや声を落とすなど、ともすれば「元気だけど単調」になりがちなこの種のスピーチを感情豊かだけど自然に表現し、見事に「自分を救ったスポーツの力」を訴えることに成功していました。

 これをテクニックの勝利とか、プロによる入念なコーチングの成果とか言うのは、間違いにないにせよ、どこか本質を突いていない気がします。

 「ひるおび!」のコメンテータたちも口々に彼女のスピーチを称えていましたが、その中でもっとも「佐藤真海のスピーチのよさ」を的確に言い表したのは、三雲孝江さんの大要次のようなコメントだろうと思いました。

 『もし彼女がもっと強い調子で自らの主張を訴えていたとしたなら、彼女が持つ明るくやわらかなムードが生かされず、説得力が削がれていただろう』

 かつて丸谷才一は、文章の本質を達意自分の考えが十分に相手に理解されるように表現すること)であると指摘しました。

 プレゼンテーションも同じでしょう。スピーカーが自分の言いたいことをありったけまくし立てて、相手に伝わるはずがないのです。

 聴き手のもつ共感能力を刺激するのは、朗々たる大きな声でも、大言壮語でも、美辞麗句でもありません。

 では、何が聴き手の共感能力を刺激するのか。
 それは、スピーカーが自分自身とテーマとの関わりを「もっとも自分らしく」表現することです。佐藤真海さんがしたように。
 聴き手は、自分の身におきかえて考えざるを得なくなります。そこにこそ共感が生まれますし、強く印象に残ります(感極まって絶句したスピーカーって印象に残るではありませんか)。

 IOCロゲ会長がスピーチを終えた佐藤真海さんに囁いたほめ言葉もまさに「インプレッシブ」だったとのことです。


<参考サイト>
秘策!佐藤真海プレゼンが五輪引き寄せた






2013年7月17日水曜日

私がブログを書く理由

 ブログブームに沸いた2004年当時は、将来、私自身がブログを書くことになろうなどとは夢にも思いませんでした。「世の中には奇特な人がいるものだ」とブームを冷ややかに見ていた記憶があります。ですが、気が付けば2011年5月にブログを始めてから、すでに2年余りが経過しました。

 「思いついたことを書きたいから書きはじめた」だけで、何のためにブログを綴るのかなどと改めて考えたことはないのですが、「ブログとはカネを稼ぐために書くものだ」「読み手に伝わらなければブログなど意味がない」という見解もよく目にするところです。

 この点、実績ある先輩ブロガーの方々は本当のところ、どう考えておられるのでしょうか。気になったので、関連記事をいくつか拝見してみると、「この方のおっしゃっていることは、俺の感じ方に近いな~」と思える方が何人かおられました。

 「ある理系社会人の思考」というブログを綴っておられるktatchy氏は、『ブログを続ける意義は人それぞれ』と題して、次のように述べられています。まさにおっしゃる通り、という感じです。

多くの方が気にしていない,誰もが読むようなトピックでもないものを採り上げて更新しているので,アクセス数は今ぐらいがちょうど良いと思っています。もちろん読者の方が増えると作者としては嬉しいですが,「増やすためにはどうすればいいのだろう」と思い悩むことはありません。
http://fotlife.exblog.jp/8054426/


 ウェブエンジニアtfmagician氏が技術やサービスに関することを書き綴るブログ「1-byte.jp」では『このブログの存在意義を考えてみた』と題する考察が掲げられています。

定期的なアプトプットは自分のアウトプットの質を高めます。そして、仕入れる情報もアウトプットのために気にするようになるため、インプットの質も高まります。これが今、自分のためになっていることだと思います。
http://1-byte.jp/2010/09/10/reason_to_write_blog/

 私自身のアウトプットの質がブログによって高まったかどうかはわかりませんが、インプットに質的変化が起こること、自分の意見を一応の論理的整合性のある文章にまとめるには大きなエネルギーが必要であることは実感しています(言い方を変えれば、口頭で言えるだけの「自分の考え」はまだ意見としての体をなしていないおそれがあるといえます)。


 「他人の不幸は蜜の味」なるブログを運営するLSTY(エルエスティーワイ)氏は、『ブログは「目的」を持って始めてはいけない。』とまでおっしゃっています。

あんまり「目的」とか「伝えたいこと」なんてのを意識しすぎると、ブログというのは長続きしないのではないかと思う。
http://lsty.seesaa.net/article/25377867.html

 私も、誰も読まないであろう前提で書き始めたので、数か月後にPVが急に増えたときはびっくりしました。そんな風であったからこそ、曲がりなりにも二年続けてこられた気もします。


 「むねさだブログ」のむねさだ氏は、「僕がブログを書く理由はなんだろう?と色々と考えてみたぞ!」と題した記事の結論として、次のようにおっしゃっています。

僕がブログを通して伝えたいものは、「自分の知ったノウハウを、知らない人へ伝えたい」「むねさだ という人間がどういう人間かを伝えたい」です。
http://munesada.com/2013/01/12/blog-1179

 確かに、ある人物の人となりは、その人の問題意識にあらわれるといってよさそうです。自分の問題意識をブログに綴ることは、キレイにまとまった自己アピール文よりもはるかに意味があることなのではないでしょうか。

 さいごに、コラムニスト小田嶋隆さんの言葉を掲げます。この言葉を励みにして、コンスタントとは決して言えないながらもブログに取り組んでいる私です(名コラムニストと何の実績もないブログ初心者の私を同列に論じるつもりは毛頭ありません)。


『ネタは、出し続けることで生まれる。ウソだと思うかもしれないが、これは本当だ。三ヵ月何も書かずにいると、さぞや書くことがたまっているはずだ、と、そう思う人もあるだろうが、そんなことはない。三ヵ月間、何も書かずにいたら、おそらくアタマが空っぽになって、再起動が困難になる。つまり、たくさんアイディアを出すと、アイディアの在庫が減ると思うのは素人で、実のところ、ひとつのアイディアを思いついてそれを原稿の形にする過程の中で、むしろ新しいアイディアの三つや四つは出てくるものなのだ。ネタは、何もせずに寝転がっているときに、天啓のようにひらめくものではない。歩いているときに唐突に訪れるものでもない。多くの場合、書くためのアイディアは、書いている最中に生まれてくる。というよりも、実態としては、アイディアAを書き起こしているときに、派生的にアイディアA’が枝分かれしてくる。だから、原稿を書けば書くほど、持ちネタは増えるものなのである。』(「小田嶋隆のコラム道」より引用)






2013年7月10日水曜日

SNSは「日刊自分マガジン」だ!

 今回は、Facebookについて書きます。
 
 IT用語辞典e-Wordsによれば、SNSとは、
『人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型のWebサイト。友人・知人間のコミュニケーションを円滑にする手段や場を提供したり、趣味や嗜好、居住地域、出身校、あるいは「友人の友人」といったつながりを通じて新たな人間関係を構築する場を提供する、会員制のサービスのこと。』なのだそうです。

 そうだとすると、Facebookに投稿すべきコンテンツは、誰かとのつながりを強める端緒(きっかけ)に相応しいものであるべきでしょう。

 かかる意味で私自身はFacebookを「日刊自分マガジン」だと思っています。自分の関心のあること、考えたこと、見つけた本やお店などの情報を日々綴ることで、私がどのような人間か知ってもらい、できれば「この投稿を読んでよかったな」と思ってほしいと考えているのです。

■ あなたの「自分マガジン」はどんな雑誌?

 あなたの「日刊自分マガジン」は専門誌でしょうか?娯楽誌でしょうか?総合誌でしょうか?
 私のタイムラインに表示される投稿には、詩集あり、TODOリストあり、映画評論あり。
 見た瞬間にどなたの投稿かわかるものも少なくなく、リアルなその方をさほど深く知っているわけではないのに、今では「あ~〇〇さんらしいなあ~」と思うことがしばしばあります。その「〇〇さんらしさ」がプラス評価であれば、「日刊自分マガジン」は及第点なのだと思います。

■ 「人は他人の一挙手一投足にはさほど関心がない」という認識

 私自身が自分に言い聞かせていることは、「人は他人の一挙手一投足にはさほど関心がない」ということです。なぜかといえば、私も他人の一挙手一投足にさほど関心がないからです。
 このブログでもご紹介したことですが、米国の大学の調査によると、人がFacebookで友達を切る最大の理由は「つまらない投稿が延々と続くこと」なのだそうです。

■ 「連載記事にする」というアイデア

 投稿を、連載記事やシリーズ記事にしてしまうのも上手いやり方だと思います。私の友達の中にも「映画評」「書評」「気に入った小説の一節」などを継続的に投稿しておられる方々がいて、読むのが楽しみです。
 個人のFacebookFacebookページの使い分けに迷う方がときおりおられます(プライベートとパブリックに分けろ、というのは必ずしも現実的でないことがありますよね)。このような場合、Facebookページへの投稿を「特定の連載記事(複数も可)」だけに限定してしまうのもひとつの方法だと思います。

■ 読者はいずれコンテキストに気付く

 自分マガジンの読者は、いずれ投稿者の編集方針(?)や投稿者の気質・思想に気付くことになります。気取り過ぎればイタイ人だと思われかねないし、ナルシスティックな投稿はこちらが気恥ずかしくなるし、あまりにあっけらかんとし過ぎているのもまた「この人、大丈夫か?」と心配になります。

■ 結局、等身大の自分しか表現できない

 思うに、読み手が投稿から読み取っているのは、純客観的にテキストが指し示す意味内容ではなくて、コンテキスト(文脈)なのではないでしょうか。
 しばらく投稿をフォローしているうちに、「すべてはクライアントのために!」と唱える人が次第にクライアントを「金づる」と捉えているように思えてきたり、友達を交流すべき相手ではなく聴衆(ないしは情報発信先)としか見ていないように見えてきたりすることすらあります。
 開示情報を増やすと、結局は等身大の自分をさらけ出すしかなくなる、ということなのかもしれませんね。





2013年6月26日水曜日

図書館は読書生活のキーステーションだ!

今回は、「月1,500円からの読書生活術」シリーズの番外編として、図書館活用術を取り上げたいと思います。題して「図書館は読書生活のキーステーションだ!」です。

図書の分類記号を少しだけ知っておこう

 ご存知の通り、図書館の蔵書は原則として、0から9までの分類番号(日本十進分類法)順に並んでいます。
 分類記号は原則三桁表示であり、最初の数字が大分類、次が中分類、末尾が細分類を示しています。通常、この三つの数字を「類」「綱」「目」と言います。
 例えば、分類記号323は、3類(社会科学)の2綱(法律)の3目(憲法)を示します。
 
■ 自分の読書の「偏り」を自覚しよう

 利用者が圧倒的に多いのは、9類(文学)でしょう。人それぞれ、借りる本には分類上の偏りがあるはずです。私自身の場合は、いちばん多いのは3類(社会科学)、つづいて2類(歴史地理)、6類(産業)といったところでしょうか。
 自分の読書の偏りを知ったところで、たまには異分野の本を読んでみるのも良いものです。個人的には、4類(自然科学)の本には、課題の設定の仕方、課題へのアプローチの選び方、といった点で参考になるところが甚だ多いと思っています。 

■ 新着図書コーナーで関心の薄い分野に触れる
 
 異分野の本を読もう、と思ったとき役立つのが図書館の「新着図書コーナー」です。私自身も、このコーナーを見て、あまり読む機会のない0類(総記)、1類(哲学宗教)、4類(自然科学)などの図書を手に取って見るようにしています。
 最近読んだものでは、『エピソードでつかむ生涯発達心理学』(岡本祐子ほか編著・ミネルヴァ書房 2013)が平易な記述でとっつきやすく、ためになりました。ちなみにこの本は、分類記号143でした。

■ 新着図書コーナーの定点観測でわかること

 「新着図書コーナー」を定点観測しておりますと、出版傾向にそのときどきの世の中の重大関心事が大きく反映していることがわかります。
 最近感じるテーマは「原発」「放射能」。それは、自然科学や産業の分野にとどまらず、反原発運動を現象として捉えた場合には社会学、放射能被害に係る心のケアといった面では医学、といった分野的広がりを持ちます。
 とりわけ個人的に関心を持ったのは『危機の憲法学』(奥平康弘・樋口陽一編著・弘文堂 2013)でした。この本は、東日本大震災を契機に顕在化した憲法上の諸問題に取り組んだ法律書で、「原子力災害と知る権利」についても論じています。

■ 分類記号100番以下が面白い

 注目すべきオススメの分野は、0類(総記)です。とくに、
  002 知識、学問、学術
  007 情報科学
  014 資料の収集、資料の整理、資料の保管
  019 読書、読書法
  070 ジャーナリズム、新聞
 のカテゴリーには、好奇心を刺激してくれる面白いものが多く、重宝しています。










2013年6月9日日曜日

月1,500円からの読書生活術(4)

今回は、「ステップ4;読んだ記録を残す」について書きます。

■ アウトプットを前提にするとインプットの質は高まる

 本の内容をコンパクトにまとめる、ブックレビュー(書評)を書く等、アウトプットすることを念頭に置いて読むと、ただ漫然と読み進めるより得るものは多いです。反面、あまりに「これに関する情報を得よう」という目的意識が強すぎると、文脈を読み間違えるというか、行間の含意が読み取れなくなることには注意すべきです。
 自らアウトプットした情報は、後日自分自身にとってもインプット情報となります。さらにアウトプットを繰り返すことで、アウトプットの質が次第に高まることは、経験上ご存知の通りです。

■ 通読し終わった本は宝物である

 前回、「
このフレーズいいな、ここは重要だな」と思った箇所には、ぜひともマーカーで印をつけておくべきだ、と書きました。次回参照がきわめて容易になるからです。
 要点をノートするなら、読み進めながら記録するより、一度通読したのちマークした箇所を振り返りつつ記録するほうが、全体構造が把握できるぶん、より有益だと思います。
 何より、「たしかこの本にはこんなことが書いてあった」ということがわかっているというのは、必要に応じて情報にアクセスする際、とても大きなアドバンテージです。
 このようなことから私は、通読し終わった本、とりわけマーカーで印をつけた本は大切に保存しています。

■ 読んだ記録をどう残すか ① 書評として残す

 誰かに読まれることを念頭に置かないとしても、その本の資料としての価値はどの程度か、自分にとってどのような点で有益か、第何章あたりが本書の白眉(勘所)か、といった情報を記録しておくことはたいへんいいことだと思っています。

 私自身は「ブクログ」というウェブサービスに登録していて、気が向いたもののみ書評を残すことにしています。
 ちなみに「ブクログ」とは、会員個々が書籍情報を登録して自分の仮想本棚をオンライン上に作り、蔵書管理やレビューを行うことができるウェブサービスで、無料で登録して利用することができます。

■ 読んだ記録をどう残すか ② リストとして残す

 前掲の
「ブクログ」には、読みたい本をリストアップしておき、読み終えた本はその旨記録することにしています。
 また図書館で借りた本は、「貸出記録票(レシート)」を専用のノートに順に貼っていくことで管理しています。後日、借りた本を購入したり、再度借りたりするときに便利です。

■ 読んだ記録をどう残すか ③ 図表にして残す

 マインドマップにしたり、箇条書きにしたり、表にまとめたりすることで、知識としての定着度も理解度も、資料としての活用可能性もグンと上がります。
 下の表は、前回ご紹介した、西股総生 『戦国の軍隊: 現代軍事学から見た戦国大名の軍勢』の中で、日米開戦を例にとって言及されていた「戦略の階層性(戦略・作戦・戦術・戦技の関係)」について、私がパワーポイントで整理したものです(これはこれで、後日当ブログで採り上げたい興味深い内容です)。

 


2013年5月19日日曜日

月1,500円からの読書生活術(3)


 今回は、「ステップ3;探した本を読む」について書きます。と言いつつ『本は「必ずしも」読まなくていい』話からスタートするのですが…。

■ 本は「必ずしも」読まなくていい

 小学校一年生の時、手に取った「しろいきば」という本があまり面白くなかったので、すぐ書架に返そうとしたら、担任の三浦先生に「さいごまで読んでからにしなさい」と叱られました。
 もちろんこれは、「最後まできちんとやり遂げる」ことを習慣づけるためのご指導だったのでしょう。でも、私たち大人は、「買った本はさいごまで読む」などという掟を自らに課す必要はないと思います(これは多くの識者も言われていることです)。面白くなければ途中でやめればいいのです。

■ どんなクズ本にも気づきはある

 反面、私は「どんなクズ本にも気づきはある」とも思っています。クズ本であることを念頭に読むと、それなりの気づきはあるものです。例えば、「クズ本のクズ本たるゆえんを探していく」作業というのは、それなりに楽しいし、自らの反省材料になることも少なくない(このブログのように、くだらないことを得々と書き綴ることが他人からどう見えるか等)ように思います。

■ 本は並べているだけでも意味がある

 明治大学教授の齋藤 孝さんが「本は、背表紙を眺めるだけでも大きな気づきがある」という趣旨のことを述べられていました。「本を買っただけで読んでない」などということを負担に思う必要はまったくないと思います。「必要なときにいつでも書をひも解くことができる環境を整備しているのだ」という認識で本を探し、入手しておけば、それで目的の半分はすでに達しているのではないでしょうか。

■ 私なりの読み方1『つまみ読み』

 私の場合、最初から本を読み進めることはほとんどないような気がします。
 いちばん多いのは、「まえがき」ないしは序章の記述からその本のハイライトと思われる章や、目次をみて興味をひかれた項目を適当につまむような読み方、名付けて『つまみ読み』です。
 『つまみ読み』しただけで終わりのこともあれば、あらためて第一章から取り掛かることもあります(小説などはいうまでもなく最初から読んでいますが)。
 稀に、「まえがき」を読むと第一章に進まないではいられないようなすぐれた著作にめぐり会うことがあります。最近読んだものの中では、西股総生 『戦国の軍隊: 現代軍事学から見た戦国大名の軍勢』がまさにそのような本でした。
 同書はまず第一章で、秀吉の小田原征伐の前哨戦である山中城攻めを、豪傑渡辺勘兵衛覚書を主人公に辿り、そこから「きわめて組織的な鉄砲戦術と、手柄第一の個人プレーという相反する要素にどのように折り合いを付けたのか?」という本書全体を通じての問題意識を提示しています。つまみ読みをするにはしのびない名著です。
 
■ 私なりの読み方2『尻から読み』

 一般に書物は、最初の数章を本論の前提説明に充てることが多いように思います。
 たとえば業務改善をテーマにする本があるとすると「業務改善とは何か」「我が国の製造業におけるカイゼン運動の現状」といった内容がしばらく続くわけです。
 初学者なら、それによって業務改善について知識を得ることができ、ひいては後半の本論部分の理解の一助になっていくのでしょうが、ある程度、業務改善について理解していて、アドバンスなヒントがほしい読者であれば、いきなり本論にあたったほうが効率的だし、集中力も持続しやすいといえます。
 このような発想から、私は「まえがき」「あとがき」「本論部分(たとえば第五章)」の順に読んで、必要に応じ前半に戻る、という読み方をすることが多いです。

■ 私なりの読み方3『メモ読み』

 本を読み進める過程では、いろんな感想やアイデアが浮かぶことがありますが、その場で書きとめておかないと、あとから思い出すのはまず不可能です。
 私は、考えが浮かぶ都度、本を傍らに置き、iPadにメモしています。

■ マーカーで次回参照をしやすくする

 このフレーズいいな、ここは重要だな、と思った箇所には、ぜひともマーカーで印をつけておくべきだと思います。通読した後、ポイント箇所だけを振り返ることが非常に楽になります。
 その意味でも、本は購入して自分のものにしておきたいものです。図書館で借りた本にマークするわけにはいきませんから。
 法学部の学生の頃、論点はピンク、自説はオレンジ、その理由づけは黄色、というように色分けしてマークしていました。「何に関する記述か」を見える化するひとつのアイデアだと思います。

■ 105円で雑書を読む楽しみ

 プロパーの価格なら購入に二の足を踏むような本でも、105円なら気軽に買えます。これならお風呂に持ち込んで湿気でヨレヨレになっても気にすることはありません。
 湯船につかりながら本を読むと、つい読書に集中し、気が付くと入浴効果も上がっているという付随効果もあります。
 読書に十分な明るさが確保できるよう、電球を明るいタイプのものに取り換えるとよいと思います。

 次回は、「ステップ4;読んだ記録を残す」について書きます。





2013年5月7日火曜日

月1,500円からの読書生活術(2)


 前回は、「ステップ1;読む本を選ぶ」について述べました。
 これに引き続き、今回はステップ1でリストアップした本を探し、入手する「ステップ2;選んだ本を探す・買う」について書きます。

■ 本の入手検討は「7段階」

 私は、おおむね後掲のチャートのように7段階の検討を経て本を入手しています。
 月1,500円で充実した読書生活を送るためには、勝間和代さんのように「目についた本はどんどん買う」ことは許されないからです(笑)。

第一段階;まずは図書館で借りてみよう

 一読すれば済む本や、まず一度目を通してみたい本は、図書館で借りてみましょう。借りられる期間は通常二週間ほどですから、これをペースメーカーに読み進めてもいいし、返却期限までに読み切れなくても、また借りれば済むこと。気楽に借りましょう。
 学術書など数千円もする本は、購入に二の足を踏んで当然です。まず借りて読んでみて、手元に置いておく価値ありと判断してから購入しても遅くありません。
 では、お目当ての本が図書館になかったらどうするか。まず類書に目を通してみましょう。1、2か月待ってもよいなら図書館に購入リクエストするのもよい方法です。

第二段階;ブックオフオンラインを活用しよう

  ブックオフのお店にはよく行きます。掘り出し物が見つかることもあり、楽しいです。でもよほどのベストセラーでない限りお目当ての本を探すのには向いていません。
 この点、ブックオフのオンライン店舗である「ブックオフオンライン」なら、お目当ての本を即座に検索・購入できますし、もし在庫がなくても、入荷したらメールで知らせてくれるよう登録もできるので便利です。なお、配送料は一回350円ですが、1,500円以上なら配送無料となります。
 意外と知られていないのは、ブックオフオンラインで新本も買えるということ。新本と古本を組み合わせて1,500円以上にする手もあります。

第三段階;Amazonの前にAmazonマーケットプレイスをチェック

 お目当ての本がブックオフオンラインになかったら、新本を買う前に一度、Amazonマーケットプレイスを覗いてみましょう。
 Amazonマーケットプレイスは、中古品やレア物などを利用者間で売買できる場で、出店型出品者が「出店」という形で商品を販売するAmazon内のショッピングプレイスでもあります。Amazon各商品の詳細ページの「こちらからも買えますよ」ボックスに表示される「X点の新品/中古品を見る」のリンクをクリックすると、出品商品を見ることができます。1,500円以上なら通常配送無料となるAmazonと違って、書籍一冊当たり250円の送料が商品代金に加算されます。
 絶版となった本も出品されているので、どうしても入手したい絶版本がある場合にも重宝します。例えば、ロバート・アンソニーの古典的名著『経営管理システムの基礎』 (高橋吉之助訳・1968年)も、マーケットプレイスならばクリックひとつで買うことができます(価格は出品者によって異なります)。

第四段階;やっぱり書店で手に取ってみるのがベスト

 ここでようやく新本を取り扱う書店が登場します。書店でパラパラと内容をチェックしてみて「これは欲しいな!」と思えれば、買うに機は熟していると判断していいでしょう。
 編集者の松岡正剛氏は、「読書の達人は、買うときにはすでに一度読んでしまっている」と言われたそうです。達人ならずとも、書店に行けば買った冊数の何倍かの本を手に取って、買うだけの価値があるかどうかの判断をつけているのではないでしょうか。

第五段階;Amazonでさがす
第六段階;その他のオンライン書店でさがす

 書店になくともAmazonその他のオンライン書店ならたいていのモノは手に入ります。
 Amazon以外にも、楽天ブックスやセブンネットショッピングなど様々なサービスが提供されていますが、このうちセブンネットショッピングは、セブンイレブン店舗で受け取るなら1,500円未満でも送料無料となる点特筆されます。

第七段階;最後の手段・図書館の取り寄せサービスを利用しよう

 それでも手に入らない品切れ・絶版本などは、前出のAmazonマーケットプレイスで購入する手もありますが、必ずしも手元に置いておけなくてもよいなら、公立図書館の取寄せサービスを利用することをお勧めします。
 私自身も、最寄りの大分県立図書館で、二度取寄せサービスを利用しました。ちなみに大分県立図書館が提供しているサービスは、お目当ての本を在庫している他の図書館から借り受けてくれるというもので、利用者は本の送料を負担することになります。

さて次回は、「ステップ3;探した本を読む」について書きたいと思います。


 

2013年4月30日火曜日

月1,500円からの読書生活術(1)


 私は読書を日課にしており、読書量は硬軟とりまぜて月10冊くらいかと思います。
 以前は、月に20~30冊読んでいましたが、iPadを持ってからというもの、読書量が激減して今日に至っています。

 私が思うに、読書には欠かせないものが3つあります。ひとつめは、読書にあてる「時間」。ふたつめは読もうという「気持ち」。そして三つ目は本を入手する「お金」です。
 「時間」面では、アイドルタイムの活用がひとつの焦点になりますし、「気持ち」面では読みたい気持ちをそそる本のセレクトや動機づけとしての「読む理由」が大事です。さらに「お金」の面では、良書をより多く、より安く入手することが望ましいことは言うまでもありません。
 ちなみに私は、月に20~30冊読んでいた頃でも、書籍代は月に1万円以下でした。

 今回から5回にわたって、

 ステップ1;読む本を選ぶ

 ステップ2;選んだ本を探す・買う

 ステップ3;探した本を読む

 ステップ4;読んだ記録を残す

 ステップ5;読んだ記録を使う

 の順に、私の読書の仕方について書いていきたいと思います。
 特段、コツというほどのものはありませんが、もしかしたら何かヒントになることがあるやもしれませんので、お付き合いください。

 なお、「月1,500円からの読書生活術」と題したのは、よく使っているアマゾンとブックオフオンラインが「1,500円以上送料無料」なので、それを目安に本を購入することが多いからです。
 1,500円をうまく使う方法については、ステップ2で述べたいと思います。

 では今回は、「ステップ1;読む本を選ぶ」に関して以下に述べます。

■ 書籍情報を広く集める

  読む本を選ぶスタートは、当然ながら「書籍情報を集める」ことです。
 私は、書店、古書店(ブックオフ)、公立図書館のいずれにも月に数回足を運んでいます。比較的軽い内容のものなら、図書館で借りて済ますこともありますし、借りてみて手元に置いておきたいと判断すれば、改めて購入することにしています。
 また、書籍情報サイトをRSSリーダーに登録しており、都度参照しますし、Twitter経由で情報を入手することも少なくありません。もっとも重宝するのはFacebookで親しい友達が推薦している図書に関する情報です。その友人の趣味嗜好や読書傾向、見識等から推して、その本が読むだけの価値があるかどうかというのは比較的判断もつきやすいし、外れも少ないように思います。

■ マイナーな分野の書籍情報を集めるには

 マイナーな分野なら、その道の研究者の著書の参考・引用文献リストが有用です。入門書の類いならば、よりアドバンスな学習のための推薦図書が紹介されていることも少なくありません。
 いま私の手元に、末吉孝生『マーケターの仕事術・入門編』(日本能率協会マネジメントセンター)という本がありますが、本書には学習分野別に参考図書が短評付きで紹介されています。

■ 掘り出し物の探し方

 土井英治『土井英治の「超」ビジネス書講義』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、装丁やタイトルのサエない良書で他者と差をつけろ!と述べています。ベストセラーになるような良書はみんなが読んでいるわけで、内容はいいのに装丁やタイトルがパッとしないために光の当たらない本にこそ注目すべき、ということのようです。
 また一般的に流通していないが定評のある良書というのは、その道の専門家に聞けば得られる情報です。例えば、裁判所職員総合研修所のテキストは、記述が平易かつコンパクトで、学説整理が明確である等の理由から、司法試験の基本書としても人気があるようです。

■ 読者レビューはレビュワーの属性に注意する

 集めた書籍情報の中から、購入する本を選ぶ際には、Amazonのレビューを大いに参考にさせてもらっています。
 読者レビューを見るときは、星の数は気にせず「レビュアーはどんな立場のひとかな?」ということに意識を向けています。レビュワーによる評価は、それぞれのニーズに即応しているかどうかという側面から行われることが多いからです。法律書を例にとっていえば、司法試験受験生と法曹実務家・企業法務担当者ではニーズが全く違い、評価は大きく分かれることになります。

■ あらためて「まえがき」を読む意義

 「まえがき」を読めば、その本の性格と意義はわかる、とよく聞きます。実際その通りだと思います。
 本書が持ち込んだ(従前なかった)新しい視点はいかなるものか。基底にある思いや価値判断は何か。採用した事例がどうして当該テーマに適していると考えたか。どのような読者に、どのように生かしてもらいたいか。どのような判断で、どのような章立てにしたか。
 このような情報は、本がその人にとって読む価値があるかどうかを判断するにあたって、きわめて重要な情報でしょう。逆の言い方をすれば、「まえがき」からこれらの情報がほとんど読み取れないならば、その本は無理に読む必要はないのかもしれません。

 次回は、「ステップ2;選んだ本を探す・買う」について書きたいと思います。




 

 

2013年4月8日月曜日

ルビーの王様を手に入れるには


 子供の頃にみた『ムーミン』というテレビアニメ番組の一話です。

 あらすじはたしか、こんなふうでした。

 ムーミンたちが「ルビーの王様」という世界に一つしかない大粒の宝石を見ていると、そこにルビーの王様を長年探していた「飛行オニ」という空飛ぶ魔人がやって来ました。
 何としてもルビーの王様を手に入れたい飛行オニは、譲ってあげることはできないと断ると、大変落胆します。
 「飛行オニさんはどんな魔法でも使えるのだから、魔法でルビーの王様を出したらどうなの?」と訊くと、飛行オニは「わたしは人の望みをかなえる力はもっていても、自分の望みをかなえる力はないのだ」。
 するとある女の子(名前は忘れました)が「じゃあ、私のためにこのルビーと同じものをだして」と飛行オニに頼みました。飛行オニが魔法でルビーの王様とまったく同じ宝石を出すと、その子は「これ、飛行オニさんにあげるわ」。飛行オニはこうしてとうとう長年の望みであるルビーの王様を手に入れ、女の子の優しい気持ちは生涯忘れない、と言って去っていきました。

 私たちは、当然ながら自分自身が一番かわいい。でも、だからと言って自分のために自ら出来ることは、非常に限られているような気がします。相互に貢献し合うことで、お互いのルビーの王様がはじめて手に入れられるのではないか、最近そんなことをぼんやり考えます(もともと世の中とはそうしたものでしょうが)。

 ところで「ネットワーク社会」という用語は、一般的には、インターネットなどの情報通信インフラを介して情報が共有・やりとりされる世の中を指すことが多いように思います。
 それは、より本質的には、個人間の物理的距離、あるいは社会的な地位差があまり意味を持たないフラットな人的ネットワークが形成される社会です。

 ではそこでつながった人同士の力を互いに生かすにはどうしたらよいのでしょうか。

 相互貢献は、貢献したい意欲だけで成り立つものではなく、相互の価値観や思想、見識、力量を推し量って、認め合うことではじめて可能なもの。

 国会、内閣、裁判所という三つの独立した機関がけん制しあうことで三権分立がうまく機能するように、われわれも相互にいっさい干渉しあわない「水のように淡い関係」から脱し、摩擦や対立をおそれず(ときにはおせっかいを焼いたりしつつ)、互いをよく知り、認め合う関係を築くことが、「ルビーの王様」を手に入れる近道のような気がします。





2013年3月25日月曜日

週一回の「外ランチ」の効用


 三好隆史『自己洗脳法―21世紀人の必修科目』(ダイヤモンド社・1993)で読んだエピソードです。

 第二次世界大戦中、アメリカ海軍は、兵士の精神面の健康が生存率に及ぼす影響を知るため、様々な研究をしていました。

 記憶が正確でないかもしれませんが、例えば次のようなことです。

 ネズミに不快な刺激を与える。一方のグループは、もがくと刺激が止まるようにしてある。他方のグループは、何をしても刺激から逃れられない。

 すると、逃れられないグループは、やがて刺激を与えても逃げようとしなくなります。このように「訓練」したネズミを水につけておぼれさせると、両グループの生存率には著しい差が生じたそうです。
 刺激から逃れられなかった後者のネズミは、あっけないほど早く溺死したというのです。

 この研究のインプリケーションとして海軍が得たものは、刺激のない(頑張っても見返りのない)日常に刺激を持ち込む必要性でした。
 そこで軍は、缶詰主体で単調になりやすい食事を見直し、日々の訓練内容にも変化をつけることにしたそうです。

 ベトナム戦争中も、ジャングルで泥水に浸かって戦う米軍兵士たちのもとに、週一度はヘリコプターで熱々のステーキが運ばれていたというのは有名な話です。

 さて、わたしたちも、家事育児に倦んだお母さんや、室内に籠りきりのプログラマーや、勉強でいっぱいいっぱいの友人が身近にいるなら、その人たちをランチに連れ出しましょう。

 それがあなた自身ならば、明日はお弁当や社員食堂でなく、外ランチに出かけましょう。よしんばそれが無理でも、通勤(通学)経路を変えたり、普段と違う寄り道をしましょう。

 では、なぜランチか。ひとつは経済的理由。ランチならおいしいものを食べて、食後のコーヒーまで飲んでも千円前後。週一回なら贅沢すぎるとはいえないでしょう。

 もうひとつはより積極的な理由です。昼の日差しを浴びてリフレッシュできますし、アルコールで気晴らしするより健康的です。一時間で切り上げられるところもいいですね。

 このように、自分自身に対し、うまくアメとムチを使い分ける意識は、とっても大切だと思います。資格の取得や独立など前向きな目標を掲げている人ならばなおさらです。

 そういえば、前掲書のオビには「最も自律的な人とは、自らの他律性をフルに利用できる人のことである。」とありました。

 いまでも心に残るひとことです。





2013年3月10日日曜日

泡沫投資家ただひとつの必勝戦略


 もうかなり前のこと、東京のある億万長者のエピソードを聞いたことがあります。

 その方は、東京都心部に広大な地所をもつ大地主。ある人が「これだけの資産を築くまでにはさぞ長い道のりがあったでしょうね」と水を向けると、返ってきたこたえは「いえ、ひと晩で手に入れました」。

 ひと晩というのは、昭和20年3月10日のこと。世にいう東京大空襲の日です。焦土となりつつある東京を捨て、疎開しようとする人々にとって、土地の権利証など何合かの米ほどの価値しかなかったのかもしれません。

 ところで、昨年9月に8,800円台半ばだった日経平均株価は、先週末ついにリーマンショック前の水準まで戻し、さらに12,300円を窺う気配です。この半年間の上昇率はじつに4割近く、株式市場も大いに活気づいています。

 しかし、です。これから証券口座を開設して株取引しようか、という人にとって、いまは必ずしもいいタイミングではない、と個人的には思います。

 では、いつはじめるのがいいのか。ズバリ、株価が暴落して、誰も株のことなんか考えたくないような悲観的ムードのとき、です。

 われわれのように、ほかに仕事をもち、株の研究と実践に時間をかけられない、しかも知識も情報も資金も乏しい「泡沫投資家」が、負けない投資を継続するには、方法はたったひとつしかない、それは「なるべく安く買って、値上がりするまでじっと待つ」ことだ、というのが幾度も失敗を繰り返して結局私がたどりついた結論です。

 かくいう私自身は、次の6つのルールをかたく守って、のんびりやっています。

ルール1:寝かせて構わない余裕資金で投資する

 株価が購入時を下回っても、損切りなどせずじっと待つためには、長期間塩漬けにする覚悟が必要です。近い将来使う可能性のある資金は充てられません。

ルール2:買ったら忘れる

 いったん買ったら、株価に一喜一憂せず、放っておくことにしています。しょせんさほどの知識も情報もないのですから、時間をかけたり、心配するのは時間の無駄と考えています。

ルール3:決まった銘柄だけを売り買いする

 その時々でホットな銘柄というのは現実にあります。でも、自分がよく知らない銘柄に手を出すのは怪我のもとだと心得ています。具体的には、日本が世界に誇るエクセレントカンパニーと株価指数に連動するETF(上場投信)だけを買うことにしています。

ルール4:損切りはしない

 入門書などを読むと、「株価が購入価格を2割弱下回ったら損切りすべき」などとよく書いてあります。でも、そんなことに神経とエネルギーを使うくらいなら、仕事で頑張って給料を上げるほうが得策です。それに、底力のある企業なら、いつか株価は持ち直すはず。もし私がこれまで損切りなど一度もせず、ただぼんやり株を持っていたなら、いまごろもっとお金持ちになっています。

ルール5:研究はしない

 一時は「オール投資」を購読し、四季報なども熟読していましたし、テクニカル分析のスキルを身につけたいと勉強したこともありましたが、いまはなにもやっていません。
 やると、余分な勝負をしたくなります。とりわけ、いまのような相場がいいムードの時には楽観的な情報が増えるので、今買わないと損、みたいな気持ちになりがちです。これが失敗のもとです。

ルール6:日本経済がヤバそうなときに買う

 株価が大きく下落し、悲観的な情報ばかりが巷にあふれ、いま株をやるのはこわいなあ、というときがまさに投資のベストタイミングだと思います。日本が世界に誇るエクセレントカンパニーの未来が信じられるなら、ですが。
 想像してみてください。日経平均が7,500円台まで落ち込んだ時、勝負に出た人がいまどれほどの含み益を手にしているかを(正直にいうと、7,600円台で底を打ったら買おうと私も思っていました。ところがそのラインをあっさり突破して下落したので、さすがにそのときは怖くて買えませんでした。)

 長々と書いてまいりましたが、これらを要するに、「飽くまで本業第一。財テクは片手間。」を貫くということです。

 株をやっていると、新聞の読み方が深くなったり、景気敏感株の動きで景気動向指数などの統計指標にさきがけて景気変動が実感できたりすることが確かにあります。そんなメリットが本業に生かせるなら、多少のサヤが抜ける以上によいことだ、というくらいの心の余裕が大切だ、といつも思っています。