2013年10月18日金曜日

「二の次」にすべきはどこか?

 国策という言葉を辞書で引くと、「国の政策。特に、一般の政策に対して、国家の基本的方針の意で用いられる。」とありました。

 この言葉が軍人官僚たちにしばしば用いられた昭和初期には「軍事行動を中核とする国の重要政策」のことを指すのが一般的であったようです。

 専門用語が一般名詞に転用される過程で、意味の変化が起こることはよく見られる現象です。
 でもそれには、まるでケモノであるイノシシが家畜としてのブタに変化するようなおもむきがあることも否めません。その変化は進化とも呼べる一方で、大切な要素の欠落であるようにも思われるのです。

 「戦略」という軍事用語にも、それに似た響きを感じます。経営実務の領域では、きこえのいい総花的な施策群を戦略と呼んだり、売り上げ・コスト等各方面にもれなく目配りした施策を戦略と称したりする傾向が強いように思うのです。
 
 乾坤一擲、ある一点にフォーカスした経営政策を「その戦略はバランスがよくない」などとしたり顔で言う人もいますが、戦略というのは、むしろ跛行的なもの、偏ったものではないかという気がします。

 かつて古川公成先生は、『戦略には様々な定義があるけれども、ありていにいうなら「最後の勝利をつかむために、ここでは負けていい」という判断のことだろう』とおっしゃいました。

 つまり「何をやるか」というアプローチより「何をやらないか」「何を捨てるか」というアプローチのほうが、戦略的見地に立ちやすいということではないでしょうか。
 実際のところ、いきなり「どこで勝つか」と発想すると、「その勝利をより確実にするためには、これも必要だ」と、戦略とは名ばかりの戦力分散が行われがちです。

 スティーブ・ジョブスの名言のひとつとされる『方向を間違えたり、やりすぎたりしないようにするには、まず本当は重要でもなんでもない1000のことにノーと言う必要がある』も、これに通底する考え方だと思います。





0 件のコメント:

コメントを投稿