2014年4月5日土曜日

ケース・ディスカッションに関するノート(1)

 前回に引続き、大分県信用組合主催 「けんしん大学」2月講座について書きます。もう一カ月以上前のことになりますが、自らの研究と実践のために振り返って整理しておく必要を強く感じています。

1  「けんしん大学」2月講座における実践

 前回述べた二つの問題意識は、大要次のようなかたちで講座に反映されました。


①導入講義~「新しいリーダーシップ」概説
 これから受講者の方々がリーダーシップ問題について考える準備段階として、リーダーシップとは何か、リーダーシップ問題が質的に変化してきたのはなぜか等について概説しました。ここでは、リーダーシップと「組織における人間行動」や「マネジメント・コントロール」との関わりについても触れました。

②ケース読み込み・各自検討
 事前に配布しておいた事例教材『株式会社甲物産』を各自読んでもらい、この会社で何が起こっているのか、何が問題なのか、自分だったらどうするか等について整理していただきました。
 ちなみに、事例教材『株式会社甲物産』は、私が作成した架空のショートケースです。講座の性質上、事前に時間をかけて読み込むことは望めないので、A4四ページほどのコンパクトな内容とし、組織図や財務諸表などは省略しました。

③グループ・ディスカッション
 四名程度のグループに分かれ、ケースについて意見交換していただきました。グループの統一見解をまとめる必要はなく、意見交換を踏まえて各自の意見をそれぞれブラッシュアップしていただくようお願いしました。
 このような講座では、えてして受講者が「正解は何だろうか」(もっと正確にいえば「講師が正解と想定しているのはどのような答えだろうか」)と考えがちです。この点に関しては「唯一の正解というのはなく、説得力を持ち得れば全部正解」ということをしつこいくらいに繰り返しました。

④クラス・ディスカッション
 上記のプロセスを経て、今度は講師である私が受講者の方々に問いかけるかたちで、全員でケース討議をしました。議論に沿って、ホワイトボードに登場人物それぞれの姿勢や立場、関係などを(リッチ・ピクチャーもどきに)絵ときしていき、現れていない論点をあぶりだすことで、問題の全体構造を明らかにすることを重視しました。

⑤まとめ講義

 ケース討議のまとめをかねて、導入講義でふれた事柄を振り返りました。さらに、今回言及できなかったアドバンスな問題については、参考図書をコメント付きでご紹介しました(けんしん大学事務局のご配慮で、その一部は会場に展示されていました)。


2 ケース討議とは何か

  
 ウイリアム・エレット『入門ケースメソッド教授法』の前書きは、ケース・メソッド(通常、ハーバードスタイルのケース教育を指します)について、こう述べています。

 ケース・メソッドとは、教授から一方的に知識を受け取ることではなく、クラスの仲間と時には口角泡を飛ばしながら議論することにより、知識をつくり出し体得していく教授法である。そして、最終的には、課題や困難に直面したときに、自分がどう臨んでいくかのAttitudeを形成するものである。
 現実の社会においては、多くの場合1つの明確な回答はない。不確実な状況の中で、何が問題であるかを見つけ出し、分析し、最善と思われる解決策を考え、それを実行する手立てを考え、実行する中でどのように軌道修正していくか、このようなプロセスを実行するAttitudeをつくるものである。

 「英知は教えられない」けれど、経営者の立場を疑似体験することを通じ、学生相互の意見交換を通して各自の問題発見力、問題の構造化能力、判断力、意思決定能力を養成しよう、というのが、ケースメソッドの基本的思考であるわけです(注1)。



3 2月講座の反省と総括

 いかんせん前例のない試みということもあり、受講者のみなさんはさぞ戸惑われたことと思います。やや「実験的」色彩を帯びたことも否定できません。また「議論に不慣れな受講者が多い中で、果たして十分な意見交換が成り立つだろうか」という懸念も、必ずしも杞憂ではありませんでした。

 しかし「積極的な発言が相次いだ」とは言えぬまでも、私の問いかけに対しては概ね説得力のある見解が示されましたし、議論のおわりには私が内心「この論点には気付いてほしい」と思っていたポイントが指摘されました。
 受講者の方々は、よく私の期待に応えてくださったと感謝しなくてはなりません。

 ところで、今回用いたケースは、『株式会社甲物産』という架空の会社における具体的な状況について書かれています。
 でも、ケース討議に参加する人々が問われているのは「A課長やB主任やE専務はどんな問題に直面しており、そこでどう行動すべきか(すべきだったか)」ということだけではありません。その背景となる各人の問題意識こそが問われているのです(注2)。ありていに言えば、ケースはある会社の成功(または失敗)物語ではなく、「私たちがこれから直面するであろう問題状況を再現している」のです。登場人物にわが身を置き換えて、俺なら私ならどうするだろう?と考えてみることは、どんな立場にある人にとっても有益だと信じます。


4 おわりに

 上記の実践を通じ、私は 「成功例を知識として学ぶのではなく、事例に即して考えることで自分自身が知恵を身につける」というケース・ディスカッションは、ビジネス教育の手法としてきわめて有効である、と改めて思いました。今後も、実践機会を得て、教材づくりと手法の改善を進めていきたいと思っています。

  この点、さまざまな示唆をくださったのが、日本文理大学の橋本堅次郎教授です。橋本先生は、「けんしん大学」3月講座で、私が作成した前出の事例教材を採り上げ、また違った方向から光を当ててくださいました。次回は、この件について書きたいと思います。

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(注2)講師とて同じことです。リーダーシップの講座を担当する講師は、まさに自身のリーダーシップに対する問題意識を問われているわけです。




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